遠い思い出

 将来映画を作る仕事に携わりたいと思っていました。

 幼い頃からの 夢でもありました。

 

 第一志望は「日大芸術」でした。

 入試当日 隣の席は 自己紹介し合うと同じ夢を持つ「明石」の人でした。

 

 大学でまた逢おうと約束しました。

 

 私に、合格通知は届きませんでした。

 

 彼は きっとその世界で夢を果たしただろうと信じています。

    向こう岸の ふたり

 私の年齢になると、同級生でも「向こう岸の人」になってしまった人も多い。

 

  二人の顔を思い出した。

 「かー」と「てっちゃん」である。

 

 かー は西の方から通学する子ども達の親分 てっちゃん は東の方から通学する子ども達の親分だった。

 

 ある時 どっちが強いか決めようと言うことでみんなの前で決闘をすることになった。

 両方の子分たちが見守る中 はじめの合図は まーちゃん の屁の音だった。

が その 屁がどうしても出なかった。

 

 みんなは 拍子抜けし解散になった。 めでたし めでたし。

 70年も前の うそのようなほんとの話です。 ( ^)o(^ )

きつねとぶどう

   最近、色々な種類のブドウがお店に並び楽しみだ。

 

 子どもの頃 祖母が庭の片隅の棚でつくっていたブドウはすっぱくて食べられなかったが 最近のお店のブドウはどれもおいしくくせになる。

 

 先日 知人から頂いた「たねなしぶどう」を食べていたら、ふいに坪田譲治の「きつねとぶどう」の話を思い出した。

 

  恥ずかしながら 涙もろい私は子ぎつねが自らを犠牲にした母親を想い「こーん」と鳴くくだりは今でも涙がにじむ。   

                    

 

  当世屋台事情

 石岡のお祭りを楽しみにしていた娘家族が来訪した。

 あいにくの雨だったが天候を心配するのは大人だけで、6歳の孫はそれなりに祭りを満喫した様子だ。

 

 楽しみは やはり 「屋台巡り」。イカ焼きは今も定番のようだが聞いてビックリしたのが りんご飴の変形。リンゴだけでなく イチゴ ブドウなどが刺してあり

一本1000円だとか。

 

 屋台の思い出は郷愁をそそる。

「煮イカ」は必ず買った。当時、10円、足まで付けると15円。

 

 露天商のおじさんは、そばに置いた週刊誌の1ページをビリっとやぶり、無造作に

イカを載せて手渡してくれた。・・・今だとうるさいだろうが 普通だった。(^^)/

 

   カマキリ

  来春小学校に入学する孫からメールが届いた。

  可愛がって育てていた「カマキリ」をパパが逃がしてしまったので

 連休に泊りに行く時までに捕まえておいてほしいというお願いである。

 

  「横浜で暮らしても良いと言うカマキリがいたら聞いておく」と私。

  

  生き物の生きる環境を人間がつくることに私はもともと反対だ。

  子どもの頃から虫を捕らえることが好きでなかった。

 

   「横浜に行きたいカマキリはいなかった」と答えるつもりだ。

 

   孫よ 嘘ついて ごめん (^///^)

 

 「みーちゃん」のこと

  今日は「缶だし」の日です。集積所に行く準備をしていると、

軽自動車が手を振りながら通り過ぎました。

 

 近所の方です。高校の先輩でもあります。

 大分年代が違うので一緒に遊んだ記憶はありませんが、いつ逢っても笑顔で接してくれる「みーちゃん」です。

 

 私も 誰に対しても「人の心を温かくする」そんな人間でありたいと思います。