あるひの遠い きおく(その都度書き足すことにする)

 歳をとったせいでしょうか、ある日の出来事が急に蘇ります。

犬の散歩の途中田んぼの溝で必ず見かけた「あかみみがめ」、さえずりが茨城弁でなまっていた鶯、旅劇団の女形の白塗り、一人で釣りをしていた時ふいに目の前に現れたカワセミ、傷痍軍人がアコーディオンを弾く姿、土浦から牛渡まで乗った霞ケ浦の定期船、時々来たチンドン屋、おっかなかった大洗から来た鰹節屋さん、五年生の時先生から初めてもらったビンタ、両親とはじめて登った筑波山、岩の上にポツンとあった小鳥の糞、霞ケ浦に浮かんだ白帆

  りゅうのひげ鉄砲、カーバイトの灯りとドジョウぶち、夏祭り太鼓の練習、小さな組の頭だったH君、農家の庭先で開かれた映画会、

  大和楽団の話、小学校に読売新聞のヘリコプターが降りた、夏祭り 山車の巡行

氷柱を貰いに行った話、藤井家の引っ越し、観光バスのお披露目,あいすキャンデーとかき氷、まるちゃん、清水が湧いた場所では「かべと」が採れた。かべとは粘土のこと。

子どもの遊び道具だった。友達に知られたくない秘密の場所だった。村中学校の模型飛行機題大会、Uコンの飛行機に目を見張った。

4年生の学芸会、パントマイム「ぼくらの町」新聞配達の少年役。

 姥神様、奪衣婆はエンマ大王の奥様という説あり。石仏の優しいお顔の姥神様がお祀りされていた。我家ではここにある畑を「姥神」と呼んだ。祖母の背負う籠の編み目は子どもの手が入る丁度の大きさで、幼かった私は祖母から遅れまいと籠につかまって必死で歩いた。

 奪衣婆は時には「おにばばあ」的な顔立ちで書かれることがあるが、私の畑においでになる奪衣婆のお姿は優しい慈悲に満ちたお顔立ちである。一緒の石仏には明暦の年号があるので400年位前の石仏か?

  夏になると「アイスキャンディー」売りのおじさん」はよく来ましたが、「かき氷屋さん」は一度か二度でした。

 子どもの頃、 百メートルも離れているのに家の中まで飛んできた ほたる。夏祭り、露天商のカーバイトランプのにおい。